平砂浦のフラワーラインに架かる陸橋「相浜橋」

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相浜橋(あいはまばし)

地元民しか知らない度

★★☆☆☆ (2/5)

20年ほど前まではこの道の先に旅館があり海水浴客が歩く姿を目にしたが、現在はほぼ地元民しか通らず、観光客が来る所では無い。グーグルマップにも記載は無し、ググっても情報は一つも無い(平成30年7月19日現在)。

ただ、下を通る「房総フラワーライン」は観光客やライダー、チャリダー、サーファー達が休みともなればひっきりなしに通るため、下から見上げた人は多数いるだろう。そのためレア度は2とした。

建造年

昭和40年(1965年)3月竣工

概要

下を通る「房総フラワーライン」が昭和41年開通であり、この部分は切通しのように削られ平砂浦海岸方面へ向かって坂となっている。そのため元々あった道が寸断されないよう、高架になったものと思われる。


南側
一見すぐフラワーラインから上がれそうだが、遠回りしないと上へは行かれない。


北側
昔はここに交通安全週間になるとバナーがぶら下げられていたが、最近は見ない。

大神宮方面からのアクセス路
民家の生垣と、お寺の見える景色は昭和的なノスタルジックさを感じさせホッとする。

相浜側からのアクセス路
こちらの景色も懐かしさが漂う。


橋全景


蓮寿院

橋の上からは、房総フラワーラインが一望できる。

毎年1月に行われる、わかしおマラソンのフルはここを走るので、ここで応援する地元民が数多くいる。
この直線全部をランナーが埋め尽くす光景は圧巻だ。

一直線に伸びるフラワーラインの突き当りに見えるのは、アロハガーデン館山(旧南房パラダイス)の温室とその奥は館山カントリークラブの建物。


大神宮側の橋名板


相浜側の橋名板
ひらがな表記になっている。


竣工年
これは両側に同じ物が付いていた。


橋の付け根にある謎の大きなコンクリートブロック。かなり古そうだ。

橋の下より橋を見上げる。コンクリートの板を何枚も並べた作りのようだ。

何かがぶつかって引きずった跡がある。大型トラックかクレーン車だろうか。
高さ制限の標識などは付いていない。

フラワーラインより上を見上げる。
およそ5mくらいの高低差だろうか。この分だけ掘り下げてフラワーラインを作った事がわかる。
10年ほど前までは法面部分は掘ったままむき出しで地下水が染み出ているような状態だったが、今はキレイにコンクリートが吹き付けられている。

暴走族のスプレー書きだが、こちらも10年ほど前には無かった。
書かれている地元の暴走族も30年以上前に解散しているので、最近ヤンキーによって書かれたものであろう。

こちらにも暴走族のスプレー書き見える。まさか氣志團のファンが書いたのか?そんなわけは無いか。

まるで平砂浦の門のようだ。

はたしてフラワーラインを一段下げる必要があったのだろうか?
開通当初は有料道路だったため、ここからのタダ乗りを防ぐためだろうか?
(当時を知る地元民の話では、他の脇道からタダ乗り出来たそうである。)


橋から白浜方面へはカーブとなっており、その先はすぐ相浜交差点で国道410号とぶつかり第1フラワーラインは終了だ。
相浜交差点付近はスーパーマーケット、サーフショップ、そば屋、ハンバーガー屋、魚屋、食堂、電器屋、ガソリンスタンド、直売所があり、ちょっとした賑わいを見せる。
この辺で食事にするのも良いだろう。

余談だが、この先の相浜交差点の事を、高齢の地元民は「相浜料金所」と呼ぶ。今でも市内でこの辺りの地図を書くときは「旧料金所」と表記されているのを見かける。

場所

千葉県館山市大神宮~館山市相浜 蓮寿院付近

フラワーラインからは直接アクセス出来ず、細い路地を迂回する事になる。
現地付近は道幅も狭く、たどり着くまでの道選びに失敗すると、普通車は曲がれない角もあるので、車で行くのはおすすめしない。

車は駐車スペースを見つけて置いてから、徒歩で向かうのがおすすめだ。

あわせて行きたい近くのスポット

ここから徒歩2分のところにある、関東大震災の津波にも耐えた現役稼働中の明治の橋
「巴橋」

巴橋(ともえばし) 地元民しか知らない度 ★★★☆☆ (3/5) 20年ほど前までこの周辺に何軒か旅館があり、ここを通った観光...
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