戦車も通った明治の現役アーチ橋「巴橋」

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巴橋(ともえばし)

地元民しか知らない度

★★★☆☆ (3/5)

20年ほど前までこの周辺に何軒か旅館があり、ここを通った観光客も多かっただろう事と、平成19年に国登録有形文化財になったこと、グーグルマップにちゃんと記載され口コミまであることから、レア度は3とした。

ただここに旅館があった20年前頃には、このようなキレイなガードレールや案内看板などは無く、この橋をそんな貴重な物とは誰も思っていなかったはずである。

建造年

明治39年10月?(刻印が埋まっていて判読困難)

概要

この案内看板に記載の通りなのだが、地元民の目線からご説明させていただく。

巴橋には1つのアーチしかありませんが、地元の人たちは眼鏡の橋と呼んでいたとされています。

との記載があるが、近くの高齢者に話を聞いてもそのような記憶は無いとの事だったので明治時代の話なのだろう。いやウソなのかもしれない。

関東大震災の津波に飲み込まれても何ともなかった、というだけあり、現在も普通に地元民が車で行き来しており、過去改修工事以外で通行止めになった事はおそらく無く、あの3.11でも通行止めにならなかった桁外れの頑丈さのようだ。

この川は「巴川」と言い、この川の河口から北側の平砂浦海岸はサーファーには「トモエ」というポイント名で知られている。そしてこの橋の周辺地域を地元民は「トモエ」が訛って「トメ」と言う。
南房総には「房州弁」という方言があり、この方言は「かえる」が「けーる」になったり、「まえ」が「めー」になったり、「おさえる」が「おせーる」になったりと「え」が前の言葉とくっついてしまう、まるで英語の発音のようなクセがある。
なので、「ともえ」→「とめー」→「とめ」というわけなのだそうだ。

なのでこの橋の名前は必然的に「トモエバシ」なのだろう。

大神宮側の親柱には橋名の「巴橋」と書かれている。
常用漢字が制定されていない時代なので「橋」が異字体である。
(橋右上のつくりが「呑」ではなく「有」になる)

こちらは左側の親柱。
「明治三十九年十」までは読めるが、10なのか11なのか12なのかは不明である。
さすがに地面を掘ってまで確認しようとは思わなかった。

大神宮側の橋の左手の崖の上には祠がある。夜に行くものではない、とグーグルマップの口コミに書かれているが、近くに住む方がお祀りしているものだそうで、決して怖いものでは無い。

大神宮側から橋全景。
後から建てられたガードレールの橋名板は「巴橋」と常用漢字で書かれている。

こちらは犬石側。「ともえばし」とひらがな表記だ。
橋の上は道路と同じアスファルトで舗装されており、文化財という感じは受けない。地元民には見慣れた生活道路だ。

以前はこの茶色いガードレールは無く、奥の白い欄干のみだった。転落事故は聞いた事が無いが、子供が覗けば落ちそうな橋だった。もちろん上に掲載した案内看板も無かった。
おそらく平成19年の文化財指定後、安全性の向上と橋の保護のために取りつけたのか。とは言え、文化財を工事して良いものなのか。

犬石側の橋の付け根には戦時中の防空壕が残っている。

グーグルマップの口コミに降りる所が無い、と書かれていたが、この防空壕の奥は川沿いに抜けられるようになっており、そこから崖を降りると川の下へと行ける。と言うより、今は柵がされているが昔は柵が無かったので、ここを抜けなくても、ちょっと危ないが橋の脇から川沿いに下まで降りていけた。
ただ、おそらく人の土地なので、不法侵入となるだろう。危険もあるので降りるのは止めていただきたい。

2枚目の画像は昔の用水路と水溜。今は排水路となっている。
右手のコンクリートブロック積みの建物はやはり防空壕の跡で、昔は中がトイレになっていた。肥溜として使用していたのだろう。現在は封鎖されている。

橋の上から上流側を眺める。
夏場なので葉が生い茂り見通しが悪いが、奥には人工的な段差が作られており、滝のようになっている。秋~冬になると奥まで見通せる。

直接橋の下に降りる所は無いが、犬石側にちょっと迂回すれば川まで降りられる場所はある。竹林に囲まれ鬱蒼としたこの道だ。

ポンプ小屋が建っている。この奥が川だ。

このように川沿いまで行ける。昔はここまで船が入っていたそうだが、関東大震災でこの辺りは隆起したため、入れなくなったという。

巴橋方向を眺める。やはり葉が生い茂っており橋は見えない。

川の対岸(大神宮側)にはおそらくこれも明治の頃のままだろうと思われる石積みが残っている。
分かりにくいが、二枚目は奥へ3mほど窪ませて石が積まれ、かつてここに船を係留したのであろう痕跡が見て取れる。関東大震災でこれだけ隆起したという事なのだろう。

涼し気な景色で、まるでどこかの渓流のようである。ただ、水が汚い。
この辺りは下水道が無く古い家が多いため、生活排水はほとんどの家で垂れ流しである。
そのせいかわからないが、水は緑に濁っている。

20年ほど前は上流にある畜産施設が夜になると大量に糞尿を垂れ流し、巴川沿い一帯に酷い悪臭が漂っていた。確か経営者が何度か書類送検されたはずである。

河口は海水浴場となっているため、その頃は河口近くの橋にパイプを取り付け塩素を流していたほどである。現在はそのような悪臭も無く、塩素の投入もされていない。
昔は鯉やウナギ、モクズガニが沢山おり、網を仕掛けたり釣りをする人も多かったが、そのせいで大分数が減ったとの事だ。

この辺りは竹林に覆われている。この辺では「シノベ」とか「シノメ」などと呼ばれ、このタケノコは地元民の初夏のメジャーな食べ物だ。
全国的に食べている物だとずっと思っていたが、どうやらこんなに普通に皆が食べているのは南房総地域くらいという事をテレビで知って驚いた。

地面から10~15センチほど顔を出した物を取り、煮物や味噌汁で食べる事が多い。
地元の子供は道端に生えていると必ず採って持って帰ったものだ。

場所

千葉県館山市大神宮~犬石
千葉県館山市犬石9-1先

房総フラワーラインからも、国道410号線からもアクセス可能だが、道が細いため車での侵入はおすすめしない。

車は駐車スペースを見つけて置いてから、徒歩で向かうのがおすすめだ。

近くのスポット

ここから徒歩2分の所にあるフラワーライン上のノスタルジー溢れる陸橋
「相浜橋」

相浜橋(あいはまばし) 地元民しか知らない度 ★★☆☆☆ (2/5) 20年ほど前まではこの道の先に旅館があり海水浴客が歩く姿...
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